勤労感謝の日

11月23日は「勤労感謝の日」。

ということでコトバンクさんのウェブサイトで、「勤労」という漢字の意味を調べてみました。

きんろう【勤労】
( 名 ) スル
① 心身を働かせて仕事に励むこと。 「国事に-し給へるにあらず/日本開化小史 卯吉」
② 報酬を得て、定められた仕事をすること。労働。 「 -意欲」

労に励む。
なるほど仕事をするという意味ですよね。

更に「労」という漢字が気になったので調べてみると、二つの意味がありました。

ろう【労】
① 骨折り。体を使うこと。 「 -をいとわず働く」 「 -をねぎらう」
② 功績。手柄。働き。 「長年の-に報いる」
③ 長年の経験。熟練。 「木工の君といふ人、-ある者にて/宇津保 藤原君」
④ 長い間使用したこと。 「すり平めかし-多きになりたるが/枕草子 二〇二・春曙抄」
[句項目] 労多くして功少なし ・ 労を多とす ・ 労を執る

いたわる【労る】( 動ラ五[四] )
① 困っている人や病人などに同情の気持ちをもってやさしく接する。大事にする。 「年寄りを-・る」 「患者を-・る」② 慰労する。苦労をねぎらう。 「部下を-・る」③ 養生をする。 「病の身を-・る」④ 苦心する。骨折る。 「心ことに設けの物など-・りてし給へ/宇津保 俊蔭」⑤ 病気になる。 「日ごろ-・る所侍りて院にも内にも参り侍らぬ/宇津保 国譲下」

労にはいたわるという読みがあるのですね。
今まで気が付かなかったけど、これって介護のことじゃないか。

うん。
勤労感謝の日には「介護ご苦労様の日」の意味があってもいいのでは。

いい夫婦の日

11月22日は「いい夫婦の日」。

語呂合わせだよね。
でも数字の並びが 、1と2のぞろ目と言うのはすっきりしていて気分が良い。
「勤労感謝の日」の前日と言うのも何か味があるよね。
お互いの仲を一晩じっくり見つめ直して、翌日はお互いの働きに感謝する。
年に一度はそんなゆとりある時間が必要だよね。

日本人は照れ臭がり屋。
思っていることがなかなか口に出せない。
せっかくの「いい夫婦の日」も何も言えず過ごしてしまうのだろうな。

でも心の中で「ありがとう」が言えれば「いい夫婦」なんだと思う。
なので我が家は「いい夫婦」。

そうだ、毎月22日は「夫婦の日」。
かけがいのない人生の連れ合いをいたわってあげようね。

血の巡り

血の巡りが悪くなっているのかな。
そう思うことが頻繁にある。
このところ一気に冷え込みでさらに強く感じています。

まずは指先が冷たい。
手の指先の感覚が鈍ってきてる。
キーボードの打鍵時の文字の打ちこぼしが多発。

当然つま先の感覚も。
何もないところでつまづいたりする。
これは足が思ったほど上がってないから。

それと関節の痛み。
足腰の関節はぎくしゃくするのでウォーミングアップが必要。
体が硬くなっているんだよね。

体が冷えている。
寝ていて寒い。
血圧が上昇気味。

細かいことを言えば
視力が落ちて視野がぼやけている。
やたらと眠くなるのも。

皮膚が荒れてガサガサしている。
荒れてない所にはかゆみがあったり。
顔のしみも気になるぞ。
手の爪の周りのささぐれ
これが結構痛い。
髪の毛が抜ける。

変わらないのは食欲位かな。
気力も衰えてはいない。
やりたいことはどんどん増えている。
それなのに手が出なくなっているのも血の巡りのせいなのかな。

物忘れが激しい。
物事をするのが億劫に感じる。

これらの症状って毛細血管の血の巡りが悪くなっているのと、末梢神経がどんどん退化しているから?
血の巡り=知の巡り。

そう考えると妙に納得してしまう。
知の巡りはもともとあまり良い方ではありませんが。

ならば血液を巡り易いようにサラサラにしないといけないな。
健康診断の血液検査の結果は要注意の連発だし。なるべくそうなるよう頑張っている。
食事に気を付けないといけない。
目で見える注目点では体重になるのかな。
血圧のチェックも有効だろう。

入浴も良さそうだ。
どこかの温泉でゆっくり湯治すれば血の巡りは良くなるのだろうな。
地の巡りも楽しめそうだしね。

偶然

偶然との遭遇。
これって結構あるよね。

献立
無性にカレーラースが食べたかった。
家に帰ると晩御飯がカレーライス。
これって幸せになれるよね。
逆に昼におでんをたらふくご馳走になって家に帰ったら晩御飯がおでん。
決して不幸にはならないけどぐうの音も出ない。
思わず苦笑い。

欲しい物
ヤフオク、メルカリで掘り出し物。
何年も前から欲しかった物を発見。
ポチッ!
思わず衝動買い。


ずいぶんとご無沙汰していた人が夢に出てきた。
懐かしいな。
そして実際に突然町で出会う。
相手も「あれっ!」て顔で「夢に出てきてたよ」。
嘘のような本当の話。

毎日の期待はと言うと。
棚から牡丹餅。
美味しい物に遭遇したいな。

泣き言

困っている時に発する自分の言葉。

強がりを言う。

弱音を吐く。

泣き言を言う。

落ち込み度の深みの違いで表現が変わってくるのかな。

泣き言は言ってもしょうがない。
解決には結びつかないのだから。
泣き言を言う時間があるなら、もう一度問題に向き合うべきだ。

でも本当にそうなのかな。

それは聞いてくれる人が「いる」のか「いない」のかで結果が違ってくると思う。

聞いてくれる人がいると思うのなら言えば良い。
考えてみれば、聞いてくれる人は言わないでも理解してくれるような人。
そんな人がいるなら泣き言などもともと出なてこないだろうね。

つまり、聞いてくれる人、気付いてくれる人がいないから泣き言が出る。
そんな状態の時に言うとかえって自分を追い詰めてしまうのかも。
必死で発したSOSに無反応では更に落ち込んでしまう。

声をかけてくれる仲間を大切にしないとね。