年寄り

年寄りと書かずにお年寄りと書かないといけないのでしょうね。
まあこれは私自身のことなので申し訳ありませんが年寄りと書きます。

自分は年寄りなのか?

自分ではおやじではあるけどまだ年寄りではないと思ってました。
でも他の人間の目から見ると年寄りに見えるのかもしれない。

現場での話になるのですが
車から重い物を下ろそうとしていたので、手伝おうとしたところ
「年寄りは手を出さない」
と言って若い人間を呼んで手伝わせました。

また高いところで足元が不安定な場所に移って作業をしようとしたところ
「年寄りには危ないからそっちに行かない」
と言って代わり作業をしてくれました。

どちらも言われた瞬間、カチンときたのですがすぐに冷静になりました。
他人の目から見ると危なげに見えるのでしょうね。
はっきりと口に出して作業を代わってくれる。
それが親切。

確かに自分でも足が以前に比べて上がっていないと気付いております。
なのでつまづきやすい。
足元に気をとられると、頭上への注意がおろそかになり頭をぶつけたりする。
なのでヘルメットは傷だらけ。

そんな姿を見せつけているのだから年寄り扱いが正しいのでしょう。
なので無理はしない。
安全に作業をしてくれる人に代わってもらうし、いなければ来るまで待つ。

私は周囲の片付けをすればよい。
作業をバリバリこなす人には、片付けをする時間がとれないはずなので。

やり手

やり手がいない。
やり手=物事を行ってくれる人 という意味です。

やり手のいないような物事をスパッと片付けてしまう人。
あいつはやり手だという評価になります。
やり手=腕前のある人。敏腕家。

私はどちらかというと、やり手のない仕事を片付けてきました。
今やっている仕事もそんな仕事。
面倒だし、体力使うし、うまくいかない可能性もある。
そんな仕事なのでスパッと片付くはずもない。
終わるまでコツコツとジグゾーパズルを組み上げるしかない。

そんな私はやり手ではなくて、手が切れない人間。
多分そうなんだろうな。

でもできない事は何もないぞ。
時間さえくれれば何でも片付ける自信はある。
最初からできないと否定はしない。
できると肯定してから、やり方を考えます。
だからできあがるまでに時間がかかるんだよね。

はは、
私はやり手ではありませんがやり手にはなります。

リセット

最近限界かなと思う事ばかり。

仕事でも感じているし、プライベートでも感じています。
今のペースで前に進むのはかなりしんどいかな。

仕事の面では4年かけても越えられない壁がある。
自分自身が作りだしてしまう壁であれば壁を取り除くのは簡単なのですが、外から作られた壁の場合相手が取り除こうとしなければ簡単には取り除くことができない。

強行突破する方法もありますが、そこまでして前に進む必要も感じなくなっている。
右か左に方向転換して進んだ方が楽だし得られる物が多い。
なのに前に進もうとしている。
でもそろそろ限界かな。

プライベートではやりたいことが多すぎて何も手が付かない状況。
仕事の方の壁を取り除くためにパワーをかけすぎているのが、こちらにも影響を与えている。

すべてをリセットしてすべてを再スタートするべきなのかもしれない。
積み上げてきたものは失ってしまうけど、積み上げてきたものに価値があるかというとそうでもない。
むしろ足かせにになっているのかな。

何事にも余裕が必要。
余裕を取りもどすためのリセット。

出前一丁

香港土産でもらった物。
何だと思いますか?

何と「出前一丁」です。
日本から海外へのお土産として日本のインスタントラーメンを持参したことはありますが、お土産で出前一丁をもらうとは思ってませんでしたよ。

お土産でもらったのは日本で売られてない味の出前一丁でした。
そこで日清食品 (香港) 有限公司 / NISSIN FOODS (H.K.) CO.,LTD.  のウェブサイトを覗いてみました。
もちろん出前一丁のウェブページもありますよ。
気になる出前一丁の味のバリエーションは16種類でした。

麻油味
雞蓉味
五香牛肉味
海鮮味
沙嗲味
紅燒牛肉味
東京醬油豬骨湯味
北海道味噌豬骨湯味
黑蒜油豬骨湯味
九州濃湯豬骨湯味
極辛豬骨濃湯味
微辛咖喱味
香辣麻油味
辛辣XO醬海鮮味
火辣海鮮味
韓辣味

棒ラーメン(ストレート麺)もあるようですよ。
出前一丁 棒丁麵 黑蒜油豬骨湯味
出前一丁 棒丁麵 九州濃湯豬骨湯味
出前一丁 棒丁麵 北海道味噌豬骨湯味
出前一丁 棒丁麵 赤豬骨湯味

全種類制覇してみたいです。

人在

企業に働く人が集まらない。
人無。

久しぶりに現場に出てみると若い人の姿が見当たらない。
私と同年代の人間が汗を流して働いている。
いつからこんな状況になってしまっていたのか?

私が現場を飛び回っていた頃は 20代 30代の人間であふれかえっていたのですが。
汗を流して物を作り出す。
それが楽しかった。

今の人は汗を流すのが苦手になってしまったのかな。

人を人材として考えるか人財として考えるか。
建前では人財というが本音は人材としてしか考えていないのでは。

それに気が付いた人間は、企業に人材として使われるのではなく自分を人財として売り込む時代に変わりつつあるのかなと思います。
企業は人財としての価値を認めて受け入れるか、企業自身が本音で人財を育てなければいけないのでは。
人は自分を人財として認めてくれる企業にしか残らないと思います。

まずは人が在ること。
人在から真剣に考えないといけないのでは。