果報

果報者と言う言葉が頭に浮かんだ。
私には無縁のようではありますが。

さて果報とは何のことだろう。
気になるのでコトバンクさんで果報について調べてみることに。

大辞林 第三版の解説
かほう【果報】( 名 ・形動 )
① 運のよいこと。また、幸せなさま。 「 -な男もあつたもんだ/良人の自白 尚江」
② 〘仏〙 前世のおこないによって生じる報い。 ⇔ ごう
[派生] -さ ( 名 )
[句項目] 果報は寝て待て

巡ってきた幸運の事のようです。
知らなかった。

この説明の中にある、果報は寝て待て

かほうはねてまて【果報は寝て待て】
幸運の訪れは運によるのだから、あせらないで自然に時機が来るのを待て。

幸運なのだからあくまでも運任せと言うのは理解できますね。
ところが、果報は練って待てという言葉があるらしい。
この言葉、妙に説得力があって面白い。
微々たる可能性でもあれば賭けてみたくなってしまいますよね。

幸運を待つか迎えにいくか。

どちらにしても、なかなか来てはくれないんだよね。

あと5分

人を待たせている時によく出る言葉。
「もうあと5分だけ待って」
そう言われれば待たざるを得ない。
でもこの5分を信じてはいけません。

根拠があってあと5分と言っているとは限らない。
多くの場合は5分では片付かずにそれ以上待たされることに。
まあ待たされている方もあてにはしていませんが。

考えて見ると、頼んで待ってもらえる時間はせいぜい5分間だから、ひとまず5分で頼んでみようかというのが、本音なのでしょう。
5分待っては「5分では終わらないけど我慢して待ってね」という意思表示なのでしょう。

それでも根拠があるとすれば、
確かにやっている事を中断してひと片付けするためには、5分間は的を得ているかもしれません。
私が作業に必要な時間を考える時は5分間が最小単位です。
5分単位で進捗を管理する手法はよく使いますので。
作業を中断するだけであれば、手際よく片付ければ5分であらかたの事は片付け可能と言えるかも。

今日も何度か5分間を頼まれた。
でも実際は15分位は待たされましたよ。